グローバルランゲージ(地球語)としての平和会議記録と補遺

将来の社会にDVを持ち込まない
大学生の学びと行動
 村田美子    (関西外国語大学)


概要


著者は日本の私立大学で2001年度から、Content-basedの英語クラス「American Society」を担当している。この論文では、ドメスティック・バイオレンス(DV)とは何か、米国におけるDVの現状と教訓、DVはなぜ起きるのか、DV防止法、非暴力プログラム、そしてDVの授業を受けエンパワ―された日本の大学生の意識の変化や行動などを報告している。

キーワード: ドメスティック・バイオレンス(DV), 虐待, DV防止法, 非暴力プログラム, 授業ポートフォリオ

家族という私的領域は、「パワー(権力)とコントロール(支配〉の関係」を内包した危うい関係性でもある。又、家族という関係は法制度が想定できない「非合理な関係性」でもある。親密さは、どこか理性を超える要素を帯びる。多様な家庭内暴力をとおして考えなければならないことは、家族という関係のなかに「人権」という抽象的なかかわりを定着させる課題が大きくなりつつあるということだ。(2001、中村正 P.239)


 はじめに


アメリカは人権問題に関して1960年代より真剣に取り組んできた国である。ドメスティック・バイオレンス(DV)への取り組みも1970年代より積極的に行われ、世界的にも先駆的な役割を果たした。しかし今なおDVは減っていない。ここではアメリカ社会をDVの視点から直視し、その背景にあるジェンダーに関する考え、人権意識、自助精神について議論したい。日本のDV対策の現状、および各国でとりくまれている非暴力プログラムについても触れる。最終の章で筆者がAmeican Societyのクラスで取り組んだ授業内容と日本人大学生のDVに対する意識とその変化、さらに将来へDVを持ち込まないための学びと自主行動を報告する。

1.ドメスティック・バイオレンスとは何か。


Domestic Violenceを文字通り日本語にすると「家庭内暴力」であるが、家庭内暴力と言うと日本では金属バット事件でみられるような子供による親や老人への暴力をさす場合が多い。しかしここで取り上げるドメスティック・バイオレンス(以下DV)は「夫・恋人など親密な関係にある男性から女性への暴力」であり、男性が女性に対して権力や支配力を行使する暴力のことを指す。殴る、蹴る等の身体的暴力、言葉や態度などによる精神的暴力、社会から孤立させる社会的暴力、経済的暴力、性的暴力が含まれる。

[ p. 98 ]


ドメスティック・バイオレンスの歴史的背景として、男性には女性を支配する特権が長く認められてきた。古代ローマ法では妻は家畜と同様、夫の所有物とみなされており、英米法のもとになったコモン・ローにも「親指のルール」として夫は親指よりも細い棒なら妻を叩く権限があった。
DVという言葉は1970年代、アメリカの女性解放の運動家によって使われたのが始まりとされる。当時のアメリカでは親しい男女間の暴力は個人の問題であり、社会問題、人権問題といった意識はなかった。DV活動の始まりは女性解放運動家たちが緊急一時避難所(シェルター)を被害者へ提供したことにあり、その後全米に広がっていった。1990年代になって「DVとは女性の基本的人権を脅かす重大な犯罪である。」と認識されるようになり、1994年議会で「女性に対する暴力防止法」(Violence Against Women Act)が成立し、連邦政府レベルの取り組みが位置づけられ、アメリカ社会でのDV対策は急速な変化をとげた。

2.アメリカにおけるDVの現状と教訓


アメリカでは15秒に一人、年間200万人以上の女性がDVの深刻な被害を受けており、DVによって命を失う女性が1日に11人、という驚くべき数字が報告されている。「アメリカの家庭の中では暴力が常態化している」とBennett & Williams(1998)は述べている。現在でこそ「DVは犯罪である。」という社会意識が強いアメリカでも、1970年代までは1年前の日本とあまり変わらない状況であった。警察に連絡しても家庭内のこととして取り合ってもらえず、シェルターが各地に設置されてもDVの被害者は増える一方であった。1980年代にはいってDVの被害女性やその遺族が警察の対応をめぐって訴訟をおこし、警察が敗訴したことをきっかけに加害男性に対する対策が進み、被害女性への接近禁止命令等、法体制も整っていき、加害男性の非暴力プログラムなどもつくられていった。
1994年、アメリカのDVの歴史の転換期となる事件がおこる。アメリカンドリームを成し遂げたプロフットボールの花形選手、O Jシンプソンの前妻ニコールとその友人が殺害された。殺人の罪に問われたシンプソンの暴力が裁判の中で次々に明らかにされていった。ニコールが事件前、何度も警察に通報しており、シンプソンは逮捕され、カウンセリングを命じられていたこと、ニコールがシェルターに連絡していたことも明らかになった。この事件及び裁判の状況はテレビで全米に報道され、「DVは貧困層、低い教育レベルの人たちに起きること。」という先入観を払拭した。当時の大統領クリントンが自らもDV家庭で育ったという過去を持ち、対策に力をいれたこともあって急速に法体制が整っていった。1994年、連邦法で「女性への暴力防止法」が制定され、アメリカ社会でのDV対策が急速な変化を遂げた。現在、全米で1500のシェルターが設置され、24時間全米どこからでも電話がかけられるDVホットラインが整備されてる。1978年からマサチューセッツ州で執行されている虐待防止法、209A゛Restraining Order(拘束/保護命令)をTFNet japanのウェブサイトから詳しくみてみよう。以下、モGeneral Laws of Massachusetts - Chapter 209A Advocate Manual Vol. 3 - BostonMedical Center Domestic Violence Research and Advocacy Project Net japanのウェブサイト参照。
  1. Restraining Order(拘束命令) さらなる虐待を加えることを止めさせる。

  2. No Contact Order (接触禁止命令) 被害者への連絡の禁止。電話、手紙、電子メール、その他。半径50〜100ヤード近づかない。

  3. Vacate Order (立ち退き命令) 被害者やその家族の住居から、または仕事場から立ち退く。

  4. Temporary Custody(一時的養育費支払いの義務) 子供の養育費を一時的に支払う義務。

  5. Temporary Support(一時的生活扶助の義務) 被害者又は、その養育をしている子供、又はその両者に対して、生活費援助を一時的に支払う義務。

  6. Compensation (補償金の支払い義務) 被害者が虐待によって被った損額の支払い義務−失業による損額、援助費の失効にともなる損額、設備破壊の修繕費、自費によってかかった治療費、所有物の毀損、持ち出しの弁償。医療費、引越費、弁護士費。

  7. Impounding the Plaintiff's Address (被害者の住所秘匿) 被害者の新しい住所を一切の文書に記載しない。

  8. Restraining Order for Child (子供に対する保護命令) 被害者の子供、又は養育をしている子供に対して虐待、または連絡の禁止。

  9. 再教育プログラムへの促し バタラーズ再教育プログラムに出席するよう裁判官が勧める。

[ p. 99 ]

命令書は裁判所よりコピーが加害者に送られ、保護命令が発令されたことを告知される。 以上の命令を犯した場合 法廷侮辱罪として逮捕状がだされ、刑罰を受ける。
  1. 5000ドル以上の罰金、と(又は)2年半の懲役。

  2. バタラーズ再教育プログラムへの出席。

  3. アルコール、薬物中毒回復プログラムへの出席。

  4. 被害者に対して損害賠償支払い。
警察の権限
  1. 虐待中の現場、または危険な状況が予測される場合はその場に留まることができる。

  2. 被害者を病院、シェルター等安全な場所へ保護して送り届ける。

  3. 被害者へ法的な措置をとる権利がある情報を提供する。

  4. a. 保護命令発行を申請する権利。
    b. 被害者は医療処置を安全に受けるため、警察官によって病院に送り届けられる権利。
    c. 肉体的な被害を防ぐため、安全であると認められるまで警察官に留まるよう依頼する権利。
    d. 安全な場所―友人、家族、シェルターまで保護して送り届けるよう依頼する権
  5. 被害者に虐待者は保釈金もしくは、一時的な拘留後に保釈されることがある事を説明する。

  6. 保護命令を犯した罪、重罪、軽罪で逮捕をする権利。

  7. 緊急保護命令を裁判所に代わって発令。(裁判所の時間外に発生した場合のみ)

General Laws of Massachusetts - Chapter 209A Advocate Manual Vol. 3 - Boston Medical Center Domestic Violence Research and Advocacy Project参照。


しかしこのようなDV対策への多大な努力にもかかわらず、アメリカのDV件数は一向に減っていない。DVが起こってからの「対応策」ではだめだという現実にぶつかり、現在アメリカはDVを将来の犯罪の芽ととらえ、小学校、中学校、高校で次の世代へ暴力を伝えない「未然防止策」をカリキュラムに組み込んでいる。必修授業にしはじめたところも多くある。マサチューセッツ州、ケンブリッジ市はDVフリーゾーン(DV撲滅宣言都市)として、学校教育、公務員の研修トレーニング、公務員の加害者に対するプログラム・マニュアルを3本の柱にしている。具体的な取り組みについては「5. 非暴力プログラム」で触れることにする。
次になぜDVが起きるのか、減らないのか、を理解するために、DV被害女性、加害男性、子供それぞれに焦点をあててみる。

3.DVはなぜ起きるのか


3.1 虐待する男性


中村(2001)は次のように述べている。虐待をする男性の個人的要因は成育史や性格特性、行動特性において形成される。その背景に、「パワーとコントロール」や「男性役割や男らしさの性格特性」がある。(P.116)

[ p. 100 ]


すなわちDVには社会構造的な背景があり、DVは男性性に関わる「社会病理的な現象」であるとしている。確かに男子は子供の時から「男らしさ」を要求され、メディアもそれを煽るところがある。自らも無意識にそれに答えようとする生活を余儀なくされている。特に男尊女卑の強い社会ではその力が大きく、アジアでDVが蔓延していることも納得いく。
「男のおしゃべり」という日本語の表現は否定的に使われることが多い。口数が少ないのが男らしいということだろうが、コミュニケーション、特に感情表現を素直に表出できない男性が少なくない。同じ目線で語り合うことを拒否し、威圧的な人間関係を維持しようとすると、嬉しい、ありがたい、悲しい、心細い、怖い、苦しい、わくわくする、幸せ、満足などの表現がしにくい。男性が素直に心の思いを吐露できるためには社会全体、そして女性も意識の変革を迫られる。
ダットン(2001)は虐待男性の共通の特性として次の6点をあげている。
  1. 「おまえが…しさえしなければ....」と、トラブルの責任を被害女性に向かって転嫁する。
  2. 相手の自立性を否定する傾向にある。
  3. 相手に妻(恋人)であると同時に母親の役目もさせる。
  4. 妻〈恋人)の役割と行動への期待が強く、妥協しない。
  5. 相手が自分に魅力を感じ、必要としていると信じている。
  6. 親密な関係が築けない。
DVは男性の年齢・職業・民族・学歴・収入などに関係なく、どんな社会的地位や環境のカップルにもおこっており、男性が幼い時から学習してきた「男らしさ」が暴力の引き金になる。すなわち、有無を言わせず女性を従わせる手段の一つがDVといえる。虐待をする男性はジキルとハイド的ニ面性を持ち、外では温厚な紳士としてまわりから慕われ信望も厚い男性が家庭内では暴君である場合も多く、虐待の表面化を遅らせる原因にもなっている。女性が虐待を身近な人に相談しても信じてもらえなかったり、逆に「あなたも悪いんではないの?」と言う反応が返ってきたりするのは、こういった男性の二面性を背景にする場合が多い。

3.2 虐待される女性


後述のMary Susan Miller著「見えない傷」にはDVを受けた経験をもつ女性の生の声が多く収録されている。そこにでてくる女性の多くは教育程度も高く、経済的にも恵まれた環境で、性格も明るく活発である。レノア・ウォーカーは研究によって次のような俗説や思い込みを否定した。「力を受ける女性は少数である。マゾヒストである。貧困層で起こる。女性の教育程度は低い。女性は人格的、性格的に欠陥がある。女性はいつでも逃げられるのに逃げない。」すなわちDVはどんな女性にも降りかかる可能性があるということだ。ではなぜ虐待される環境から逃げ出さないのだろうか。動物は脅しや暴力が繰り返し行われる環境にいると無力感を学習してしまう〈学習性無力感)という。社会心理学者が犬を檻に入れ繰り返し電気ショックを与えたところ、次第に逃げる努力をしなくなり、その後、電気ショックを止め、扉をあけた状態にしても、じっとしたまま、動かなかった。暴力を受ける女性も自分ではどうすることも出来ない虐待環境の中で受身になり、セルフ・エスティーム(自己評価)が下がり、加害者の行為の責任は自分にある、苦境を解決できるのは自分だけだ、という心理状態になり暴力から逃げだせない。また虐待は絶えず行われているわけではなく緊張が高まる第一相、爆発と虐待が異こる第二相、穏やかで愛情が示される第三相が一サイクルとなり、特に第三相で加害者も反省し、「変わるから」と約束をするため、パートナーを信じようと言う気持ちを女性の側が持ってしまう。このことが結果的に虐待の表面化を遅らせてしまう一原因になる。
ここで今一度「DVはなぜ起きるのか」 をまとめてみる。男性が幼い頃から教え込まれたジェンダー意識、すなわち男性は男性らしく、女性は女性らしくという社会的性差が暴力をふるう男性を生み出し、男性が優位にいる限りは優しいが,その優位性が脅かされる時、自分のパワーを誇示し、女性をコントロールするために暴力を使用する。会社や地域でのストレスのはけ口が弱者である女性に向かう。

3.3 虐待を見て育つ子供達


DVは男女間の個人問題というだけでなく次の世代の子供達に深刻な影響を与える。父親による母親への暴力だけでなく、姑による嫁への(子供の母親)、兄弟、姉妹間の暴力現場を目撃することが心の傷〈トラウマ)となって自分が虐待された時と同じ傷を心に残す。それゆえ暴力が蔓延する家庭で育った男子の半数が将来DV加害者になり、女子の半数がDV被害者になる可能性が高いという悲劇を生んでしまう。(世代間連鎖)アメリカの加害者対策である「ダイバージョン・プログラム」(刑事政策上の刑罰代替プログラム)に参加した男性の75%が生育過程で暴力を体験していたという報告もある。安全な生活や発達が保障されず、性格・情緒のゆがみ・不登校・チック等、子どもの心身の健康と成長に大きな障害が生じる。こういった世代間連鎖を断ち切るには被害者救済対策はもちろんのこと、加害者対策として加害者更正プログラムの充実、加害者への罰則及び更正の義務を厳しく規定する法的整備、さらに未然防止策として小学校、中学校、高校、大学生にDVに関する教育が必要なのではなかろうか。

Tsugi / Continued

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